明石民話 「和坂」(かにがさか)」
明石の民話「かにがさか」
この地方では「和坂」と書いて「かにがさか」と読みます。
検索する時に「かにがさか」と打ち込んでで変換すると「和坂」になります。
今ではお年寄りしか知らないかも知れません。
国道175号から西に続く旧西国街道と交わった辺りが舞台のお話です。
今から千年以上も昔、京都に都があった頃この坂には老いた狐がいて若い狐を従え我が物顔に辺りを駆け回っていました。
坂の下には、満々と水をたたえた大池があり、ここには年老った大蟹が住んでいました。
狐と蟹はとても仲が悪く「足の速さならこちらのもの、のそのそ横にしか歩けない不細工なやつめと狐が言えば「蟹のハサミの恐ろしさをしらないか」と蟹がやり返し、坂の所有権をめぐって喧嘩ばかりしていました。
ある時坂の所有権の決着をつけようと坂の下から上までの駆け比べをすることになりました。
いよいよ当日、出発点に並んだ時蟹は考えました。
「残念だが足の速さなら勝ち目がない」ここは一つ知恵比べといこう。
「ヨーイドン」途端に蟹は狐の尻尾にはさみつきました。
そうとは知らない狐は、たちまち坂の上まで駆け上がり「蟹はまだ1メートルも進んでいないだろう」と振り返りました。
後ろを向けば尻尾は坂の上蟹は素早くはさみを放し「おい!なにを見ている俺はとっくについているよ」狐はビックリして声も出ません。
坂は、蟹のものになりました。
狐を追い払った蟹は、悪い事のし放題、旅人に悪い事を仕掛けては、困らせていました。
この時和坂を通りがかったのが弘法大使でした。
この頃唐と言った中国で修行を積んだ偉いお坊様で民の難儀を聞き手にした杖で大蟹の甲羅をグイット押さえつけ「蟹の分際で人に害を及ぼす不届きものめ」と法力で退治されました。
それ以来この坂は安心して通れるようになり「かにがさか(和坂)」と呼ばれるようになりました。
AKASI MOVIE 参照
| かにが坂 |
| 明石市和坂、ここに真言宗の開祖弘法大師が創建したお寺「坂上寺」があります。 地元から「蟹が坂のお大師さん」という愛称で親しまれているこのお寺の周辺に、こんな言い伝えが残っています。 坂上寺を少し西に行った児童公園の南側斜面に残る「蟹塚」。この辺りの和坂という地名は、江戸時代はじめまでは「蟹塚」の「蟹」の字をとって「かにがさか」と呼ばれていました。 そして「和坂」と書き改められた後もそのまま「かにがさか」と呼んでいたそうです。つまり和坂の地名は、「蟹塚」の伝説からつけられているのです。坂上寺のお大師さんは、とても穏やかな表情です。 そして今でも右手には、錫杖(シャクジョウ)を持ち、民話に登場した悪者である蟹をしっかりと押さえ続けています。 |
一度お立ち寄り下さい。
おっちゃん








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